大学病院の救急医ブログ

大学病院の救急医が考える医療のこと、教育のこと、キャリアのこと

救急外来での腰痛対応

夜間救急外来に以下のような患者さんが来たらどのように対応しますか?

「40歳代女性。数日前から腰痛があり近医整形外科を受診し内服治療や局所注射の治療を受けていた。疼痛が増強し動けなくなったので救急要請した。バイタルサインは、意識清明BP 174/77  HR70 SpO2 98%(air)、呼吸数20回、BT 36.8℃」

 

「他院に通院しているのであればそちらでみてもらえばいいじゃないですか!と言って帰宅させる。」「痛み止めを追加投与し明日かかりつけ医を受診してくださいと言って帰宅させる」…

 

帰宅させてもよいか?専門医にコンサルテーションするべきか?どのように診療を進めるべきかをまとめました。

 

レッドフラッグサイン

日本の研修医にもred flags sign というものが広く知れ渡っています。「レッドフラッグサインは認められませんでした」と報告してくれる研修医も沢山います。でも、レッドフラッグサインをどのように使用するべきか?しっかり理解している研修医は少ないように思うので調べてみました。

Red flagsという言葉がいつから使われたのかは分かりませんが、Up to dateに引用されている論文What can the history and physical examination tell us about low back pain?DOI:10.1001/JAMA.1992.03490060092030 にはRed Flagsとは書かれていませんが、癌、骨粗しょう症、圧迫骨折、椎間板ヘルニア、脊柱管狭窄、強直性脊椎炎のMedical historyが抽出されています。

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腰痛診療ガイドライン2019 改訂第2版には、red flagsとは、「進行性、悪性、広範囲、慢性化、長期治癒過程などに関連した症状・所見の総称である」と記載されており、その具体例として表に数項目示されている「重篤な脊椎疾患(腫瘍、感染、骨折など)の合併を疑うべきred flags (危険信号)」(スライド参照)https://minds.jcqhc.or.jp/docs/gl_pdf/G0001110/4/Low_back_pain.pdf

 

米国のガイドライン Diagnosis and Treatment of Low Back Pain: A Joint Clinical Practice Guideline from the American College of Physicians and the American Pain Society にはred flagsという記載はなくDiagnostic Work-upとして表が載っています(スライド参照)https://www.acpjournals.org/doi/pdf/10.7326/0003-4819-147-7-200710020-00006

Up to dateにはRed flagasとは「腰痛のより危険な原因となるリスクのある患者を特定し、早期の画像検査の適応を決める」ための症状と記載されています。

つまり、Red flags signsとは鑑別診断のための症状や所見のことで、その症状に合わせて画像検査の適応を判断するという使い方が適切のようです。

 

診断アルゴリズム

病歴聴取

前述のガイドラインでは、3つのカテゴリーに分類することが勧められます

1.非特異的腰痛

2.神経根症症状や脊柱管狭窄症状の可能性のある腰痛

3.その他の特異的原因に関連する腰痛(例:腫瘍、感染、圧迫骨折、強直性脊椎炎)

この分類のためにRed flagsが使われるわけです。

 

前述のWhat can the history and physical examination tell us about low back pain?(DOI:10.1001/JAMA.1992.03490060092030)には下記の7つが病歴聴取として推奨されています。

1.年齢、癌の既往歴、原因不明の体重減少、疼痛持続時間、以前の治療に対する反応性

2.静脈内薬物の使用や尿路感染があると脊椎感染症の疑いが高まる

3.強直性脊椎炎の症状。若い男性に多い

4.休息しても改善しない痛みは特異的ではないが、全身性疾患に対して敏感な所見

5.坐骨神経痛の症状 間歇性跛行の有無

6.馬尾症候群の症状

7.心理社会的問題の評価 うつ病スクリーニング

 

また、プライマリケア領域の腰痛の2%に骨盤内臓器、腎疾患、大動脈瘤、膵炎、消化管穿孔などの内臓疾患が含まれると報告されています。N Engl J Med. 2001 Feb 1;344(5):363-70. doi: 10.1056/NEJM200102013440508 

その為、救急外来で遭遇する腰痛は下記の4つに分類するべきではないかと考えます

1.神経症状のない腰痛

2.神経症状を伴う腰痛

3.重篤な脊椎疾患の可能性のある腰痛

  ①癌②感染③骨折

4.内臓疾患・全身疾患に伴う腰痛

 

腰痛患者にNSAIDsを処方して帰宅させたら、ショックとなって救急搬送され腹部大動脈瘤の破裂だった。というおそろしい話を聞いたことがあります。安静時にも疼痛が緩和しないなどの病歴聴取や身体診察から鑑別は可能だとおもいますが、骨盤内臓器、腎疾患、大動脈瘤の検索には超音波(POCUS)が有用だと思います。

 

身体所見

神経症状の有無を判断するためには、運動障害の有無、感覚障害の有無、馬尾症候群の有無、間歇性跛行の有無等を聞き、身体所見を確認します。プライマリケアとして非専門家が行う身体診察としてはSLRとL4、L5、S1の神経根症状を確認できればいいのではないかと考えています。

The straight leg raise test(SLR)

まっすぐな脚の操作による神経根痛(大腿後面から下腿後面までの痛み)の存在または悪化が陽性。股関節の屈曲が30〜60度のときに発生することが多い(Up to date)

SLRの方法ややラセーグ兆候の違いについては「森本 Straight Leg Raising test(SLRテスト)の 定義の 文献的検討 日本腰痛会誌 2008」を参照してください

https://www.jstage.jst.go.jp/article/yotsu/14/1/14_1_96/_pdf

Manual Muscle TestingMMT

MMTで所見がしっかりとれることに越したことはありませんが、症候性腰椎椎間板ヘルニアの90%以上がL4、L5、S1に存在するということなので、非専門家は大雑把に下記の3つを検査すればいいのではないかと考えています。

L4 膝の屈曲進展(大腿二頭筋大腿四頭筋

L5 足の背屈(前脛骨筋)

S1 足の底屈(下腿三頭筋)

感覚

デルマトームに従って特にL4、L5、S1領域をピンで刺激し判定します。

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神経症状を伴う腰痛の場合は、MRIを撮って専門医にコンサルテーションを行います。

馬尾症候群の存在は早期コンサルテーションが推奨されています。

 

最初に提示した症例に戻ります

よく聞くと、体動困難というのは「左足に力が入らない」「左足がしびれる、大腿の外側」、さらに「おしっこが出にくい」ということが分かりました。筋力をみると左足の背屈が弱いことが分かりました。馬尾症候群、L5神経根症状があります。

整形外科にコンサルテーションを行ったところ、MRIが施行されL5の椎間板ヘルニアが神経根を圧迫していることが分かり、その夜のうちに緊急手術が行われました。

 

 馬尾症候群の中でも排尿障害が最も多く感度90%です。腰痛で救急外来に受診した人には必ず「おしっこ出にくくないですか?」と聞きましょう。

 

異常死とは? CPA搬送患者が亡くなった場合は死体検案書それとも死亡診断書?

 私は、心肺停止(CPA)で搬送された方が死亡した場合、警察に届けるべきかどうか?死体検案書かそれとも死亡診断書を書くべきなのかを明確に教わったことがありません。数年前に集中治療医学会の臨床倫理講座を受講しましたが、そこでも明確な答えにたどり着くことはできませんでした。

 その時の日本法医学会理事長先生の講義で記憶に残ってるのが、「死亡診断書の書き方には○○大学と△△大学を元祖とする流派があって、さらにそこから分派している」ということで、空欄の線の引き方にも流派があるという話でした。私は、結局のところ「死亡診断書の書き方に明確な正解はない」ということが事実だと認識しました。また、その講義を聞いても「異常死」の定義をはっきり理解することは出来ませんでした。

 以後、いろいろ調べたり考えたりした結果、死亡診断書や死体検案書の書き方は医師の好みによって違いがあり、結局のところ、厚生労働省から発行される「死亡診断書(死体検案書)記入マニュアル」に従うのが最も適切であるという当たり前の考えにたどり着きました。

 ちなみに、「死亡診断書(死体検案書)記入マニュアル」には空欄に線を引きなさいとは書いていないので、私は線は引きません。

 

 ということで令和2年度版死亡診断書(死体検案書)記入マニュアルを見てタイトルの疑問について考えていきます。

https://www.mhlw.go.jp/toukei/manual/dl/manual_r02.pdf

 

まず、死亡診断書(死体検案書)の意義

  1. 人間の死亡を医学的・法律的に証明する。
  2. 我が国の死因統計作成の資料となる。

この2つで、死亡診断書でも死体検案書でも違いはありません。

医師は医師法第19条第2項によって作成交付の義務が規定されています。
「診察若しくは検案をし、又は出産に立ち会つた医師は、診断書若しくは検案書又は出生証明書若しくは死産証書の交付の求があつた場合には、正当の事由がなければ、これを拒んではならない」

 

死亡診断書と死体検案書の使い分け

  • 「自らの診療管理下にある患者が、生前に診療していた傷病に関連して死亡したと認める場合」には「死亡診断書」それ以外の場合には「死体検案書」

 とされており、さらに

  • 交付すべき書類が「死亡診断書」であるか「死体検案書」であるかを問わず、異状を認める場合には、所轄警察署に届け出てください。その際は、捜査機関による検視等の結果も踏まえた上で、死亡診断書もしくは死体検案書を交付してください。

と書かれています。警察に届けたかどうかは、死亡診断書と死体検案書の使い分けの根拠にはならないということです。

 

 

 

第111回医師国家試験

F12 死亡診断書ではなく死体検案書が発行される状況はどれか 

A)不明熱の患者が、入院日7目に原因不明のショック状態となり死亡した

B)予定されていた肝切除術を受けた患者が、多臓器不全となり術後5日目に死亡した

C)末期がん患者が、在宅医の診察 75時間後に心停止となり同医師が訪問して死亡を確認した

D)外食中に意識を失って救急車で搬入され、くも膜下出血と診断された患者が、20時間後に死亡した

E)うつ病で通院中の患者が、診察時間後に溺水状態で同病院に救急車で搬入され主治医が死亡を確認したた

 

正解はEです。Aは不明熱の診療中、Bは肝切除後の診療中、Cは末期がんの診療中、Dはくも膜下出血の診療中、Eはうつ病の診療はしていたが、溺水の診療はしていません

 

 

 

 では、CPAで搬送されてきた初診の患者が亡くなった場合は死亡診断書でしょうか死体検案書でしょうか?次を考えてください。

 

  1. 70歳代男性、CPAで救急搬送、気管挿管、アドレナリン投与など施行したが心拍再開せず死亡確認した。Aiで広範なくも膜下出血が判明した
  2. 70歳代男性、CPAで救急搬送、気管挿管、アドレナリン投与など施行したが心拍再開せず死亡確認した。Aiで明らかな死因が不明であった。自宅で胸を押さえて苦しがり突然倒れたため心筋梗塞が最も疑われた
  3. 70歳代男性、CPAで救急搬送、気管挿管、アドレナリン投与など施行したが心拍再開せず死亡確認した。Aiで明らかな死因が不明であった。家族が帰ってきたら倒れていた

 質問すると医師によって判断が違います。私の周りでは、1は死亡診断書、3は死体検案書と答える医師が多いようです。

 

 先ほどの原則「自らの診療管理下にある患者が、生前に診療していた傷病に関連して死亡したと認める場合」に当てはまるかどうか考えると、初診患者の場合は、上記の1~3は生前に診療していた傷病には当たらないようにも感じられます。

 

 では「生前に診療した」というのはどういう場合かを考えてみましょう。生前の対義語は死後ですので、「死亡の定義」を調べてみると、日本の法律には死亡の定義はないようなんです。

(参考)

医師法第19条の2 診察若しくは検案をし、又は出産に立ち会つた医師は、診断書若しくは検案書又は出生証明書若しくは死産証書の交付の求があつた場合には、正当の事由がなければ、これを拒んではならない。

 医師が死亡と診断した場合が「死亡」であり、死亡と診断する場合の基準は法律では示されていないようです。(脳死判定は今回の議論に関係ないのでここでは触れません)。つまり、医師が死亡と診断しない限りは「生前」といえます。

 CPAで搬送されてきた患者さんに胸骨圧迫、アドレナリン投与、気管挿管などの診療は、心肺停止という状態に対して診療したと言えるのではないでしょうか?

 現在の私は、上記1~3は上記の理由ですべて「死亡診断書」を書いています。

 

また「令和2年度版死亡診断書(死体検案書)記入マニュアル」には以下のような記載があります。

 

死亡したとき

死体検案によってできるだけ死亡時刻を推定し、その時刻を記入し、「時分」の余白に
「(推定)」と記入します。又は、一時点で明確に推定できない場合は、そのまま記入します。
(例) 死亡したとき  令和 2 年 1 月 7 日 午前・午後 3 時  分 (推定)
(例) 死亡したとき  令和 2 年 5 月  日 午前・午後  時  分 頃
 なお、死亡確認時刻ではなく死亡時刻を記入することが原則ですが、救急搬送中の死亡に限り医療機関において行った死亡確認時刻を記入できます。その場合、「時分」の余白に「(確認)」と記入します。

 

 

 「救急搬送中の死亡」とはどういう状況のことをいうのでしょうか?全く不明ですするにが、おそらく、救急搬送中に心停止にいたり、医療施設に到着後に医師は治療を全く行わず死亡確認をした場合、その患者の診療を生前に行っていない場合は「死体検案書」を書くことになり、死亡時刻は死亡確認時刻と大きな違いがないため「死亡確認時刻」を記入できると記載してる思われます。

 このように考えていくと「死体検案書」は、「死体」を診て書く場合を想定していると思われます。CPAで救急搬送された方を想定されているものではないと考えます。CPAで救急搬送されてきても、病院到着後全く心肺蘇生を行わず、死亡確認を行った場合は、死体検案書を書くべきだと考えます。

 

 次に、異常死について考えます。長くなります。

「令和2年度版死亡診断書(死体検案書)記入マニュアル」には、以下のように記載されています。

  • 交付すべき書類が「死亡診断書」であるか「死体検案書」であるかを問わず、異状を認める場合には、所轄警察署に届け出てください。

では、異常を認める場合とはどういうときなのか?というと明確ではありません。

 

「令和2年度版死亡診断書(死体検案書)記入マニュアル」の巻末に参考⑤が載っています。

 平成 31 年2月8日医政医発 0208 第3号が発出されていますが、その解釈については、「「医師による異状死体の届出の徹底について」に関する質疑応答集(Q&A)について」(平成 31 年4月 24 日付け厚生労働省医政局医事課事務連絡)を参照すること。

 

平成 31 年2月8日医政医発 0208 第3号の内容は以下です

   医師による異状死体の届出の徹底について(通知)

死因究明等の推進につきましては、日頃から特段の御配慮を賜り、厚くお礼申し上げます。 近年、「死体外表面に異常所見を認めない場合は、所轄警察署への届出が不要である」との解釈により、薬物中毒や熱中症による死亡等、外表面に異常所見を認めない死体について、 所轄警察署への届出が適切になされないおそれがあるとの懸念が指摘されています。こうした状況を踏まえ、医師法第21条について、下記の通り周知することとしましたの で、御了知の上、関係者、関係団体等に対し、その周知徹底を図るとともに、その運用に遺 漏なきようお願い申し上げます。

                  記
 医師が死体を検案するに当たっては、死体外表面に異常所見を認めない場合であっても、 死体が発見されるに至ったいきさつ、死体発見場所、状況等諸般の事情を考慮し、異状を認 める場合には、医師法第21条に基づき、所轄警察署に届け出ること

 つまり「死体外表面に異常を認める場合(おそらく外傷のこと)はもちろん、薬物中毒や熱中症なども異常死体として届けなさい」ということだと思われます。

ちなみに医師法第21条は下記です。

第21条 医師は、死体又は妊娠4月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない。

 

さらに参考⑤はつづきます

平成 26 年6月 10 日参議院厚生労働委員会会議録(抄)から
田村厚生労働大臣の答弁として

 医師法第二十一条でありますけれども、死体又は死産児、これにつきましては、殺人、傷害致死、さらには死体損壊、堕胎等の犯罪の痕跡をとどめている場合があるわけでありまして、司法上の便宜のために、それらの異状を発見した場合には届出義務、これを課しているわけであります医師法第二十一条は、医療事故等々を想定しているわけではないわけでありまして、これは法律制定時より変わっておりません。ただ、平成十六年四月十三日、これは最高裁の判決でありますが、都立広尾病院事件でございます。これにおいて、検案というものは医師法二十一条でどういうことかというと、医師が死因等を判定をするために外表を検査することであるということであるわけであります。一方で、これはまさに自分の患者であるかどうかということは問わないということでありますから、自分の患者であっても検案というような対象になるわけであります。

 

平成 24 年 10 月 26 日第8回医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会議事録(抄)
田原医事課長 基本的には外表を見て判断するということですけれども、外表を見るときに、そのドクターはいろんな情報を知っている場合もありますので、それを考慮に入れて外表を見られると思います。ここで書かれているのは、あくまでも、検案をして、死体の外表を見て、異状があるという場合に警察署のほうに届け出るということでございます。これは診療関連死であるかないかにかかわらないと考えております。

 

つまり「医師が死体を観察することを検案と言い、自分の患者であっても検案の対象になる。その結果、異状を認めた場合は、警察に届け出る義務がある。その届け出義務は、犯罪の可能性を考えて届出義務を課しているので、外表以外にも診療上知りえた情報も考慮にいれて異常がある場合は警察に届け出しなさい」ということだと思われます

 

問2 最高裁平成 15 年(あ)第 1560 号同 16 年4月 13 日第三小法廷判決及び東京高裁平成 13 年(う)第 2491 号同 15 年5月 19 日第3刑事部判決(都立広尾病院事件)との関係はどのように整理されるのか。
(答) 上記の判決により示された医師法第 21 条の死体の「検案」及び届出義務が発生する時点の解釈を含め、上記の判決で示された内容を変更するものではない。

 

判決要旨

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=50058

1 医師法21条にいう死体の「検案」とは,医師が死因等を判定するために死体の外表を検査することをいい,当該死体が自己の診療していた患者のものであるか否かを問わない。
2 死体を検案して異状を認めた医師は,自己がその死因等につき診療行為における業務上過失致死等の罪責を問われるおそれがある場合にも,医師法21条の届出義務を負うとすることは,憲法38条1項に違反しない。

 

憲法第38条1項は「何人も、自己に不利益な供述を強要されない」という黙秘権に関するものですが、超簡単にいうと医師法第21条の届出義務に黙秘権はないということのようです。

 

問3 本通知は医師法第 21 条の「検案」に死体の外表の検査以外の行為を含ませようとするものか。
(答) 医師法第 21 条は医師が検案をした場合を規定したものであり、「検案」の解釈は問2の最高裁判決が示すとおり、「死因等を判定するために死体の外表を検査すること」を意味するものである。本通知は「検案」の従来の解釈を変えるものではなく、死体の外表の検査のほかに、新たに「死体が発見されるに至ったいきさつ、死体発見場所、状況等諸般の事情」を積極的に自ら把握することを含ませようとしたものではない。

問4 本通知は医療事故等の事案について警察署への届出の範囲を拡大するものか。
(答) 問1のとおり、本通知は、医師法第 21 条の届出義務の範囲を拡大するものではなく、医療事故等の事案についての届出についても、従来どおり、死体を検案した医師が個々の状況に応じて個別に判断して異状があると認めるときに届出義務が発生することに変わりない。

「上記の通知は、「死体が発見されるに至ったいきさつ、死体発見場所、状況等諸般の事情」を積極的に自ら把握する必要はないし、警察署への届出の範囲を拡大するものでもない」ということのようです。

 

 この議論は、上記のように医師法第21条に関して、医療事故、医療関連死による死亡を警察に届け出るべきかどうか1990年代~2000年代に大きな問題となったことによります。特に1994年に日本法医学会がまとめた「異常死ガイドライン」が各方面に物議をかもしました。

 結局、厚生労働省からちゃんと異常があったら届けなさいねと通知が出されたけれども、何をもって異常とするかはよく分かりません。

  

異常死についてはネットで検索した結果

異状死等について―日本学術会議の見解と提言―平成17年6月23日日本学術会議

がまとまっていて分かりやすいと思いました。

http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-19-t1030-7.pdf

 

1)届け出るべき異状死体及び異状死
(1)一般的にみた領域的基準
異状死体の届出が、犯罪捜査に端緒を与えるとする医師法第 21 条の立法の趣旨からすれば、公安、社会秩序の維持のためにも届出の範囲は領域的に広範であるべきである。すなわち、異状死体とは、
① 純然たる病死以外の状況が死体に認められた場合のほか、
② まったく死因不詳の死体等、
③ 不自然な状況・場所などで発見された死体及び人体の部分等もこれに加えるべきである。
(2)医療関連死と階層的基準
いわゆる診療、服薬、注射、手術、看護及び検査などの途上あるいはこれらの直後における死亡をさすものであり、この場合、何をもって異状死体・異状死とするか、その階層的基準が示されなければならない。
医行為中あるいはその直後の死亡にあっては、まず明確な過誤・過失があった場合あるいはその疑いがあったときは、純然たる病死とはいえず、届出義務が課せられるべきである。これにより、医療者側に不利益を負う可能性があったとしても、医療の独占性と公益性、さらに国民が望む医療の透明明性などを勘案すれば届出義務は解除されるべきものではない (以下略)

 

CPAで搬送された患者が心肺蘇生を施行したが死亡した場合

  1. 担当医は死体を検案する(体表や診療上知りえた情報から判断する)
  2. 医師が死体を検案して異常を認めた場合は警察に届ける
  3. 異常というのは下記のこと

   ① 純然たる病死以外の状況が死体に認められた
   ② まったく死因不詳
   ③ 不自然な状況・場所などで発見された

つまり、病死と判定されうる場合は異常ではないと言えます。警察には届けず死亡診断書を書きます

 

  4.警察に届け出るとほとんどの場合、検視が行われる

 

 

検視には医師の立ち合いが求められます。多くの医師が、検視への立ち合いを検案と勘違いしていると思います。私もそうでした。

 

検視規則第五条 刑事訴訟法第229条第2項の規定により変死体について検視する場合においては、医師の立会を求めてこれを行い、すみやかに検察官に、その結果を報告するとともに、検視調書を作成して、撮影した写真等とともに送付しなければならない。

刑事訴訟法第229条第2項 変死者又は変死の疑のある死体があるときは、その所在地を管轄する地方検察庁又は区検察庁の検察官は、検視をしなければならない。

 

       5. CPA患者のほとんどは、事件性がないと判断され警察は引き上げていく

  6. 担当医は死亡診断書を書く

 

 この場合に担当医が書くのは、「死亡診断書」だと考えています。生前に心肺停止状態の診療を行ったからです。

死亡診断書の「死因」は、警察に届け出たわけなので、つまり「病死と判定できない場合」なので、必然的に「外因死」か「不詳の死」に〇をするべきです。

 

「令和2年度版死亡診断書(死体検案書)記入マニュアル」には以下のような記載があります。 

  • Ⅰ欄に「不詳」、「不詳の内因死」、「不詳(検索中)」などと記載する場合には、死因の種類として「12不詳の死」を選択してください。
  • 「病死及び自然死」か「外因死」か判断できない場合は、「12不詳の死」として取扱い、書式下部の「その他特に付言すべきことがら」欄に詳しくその状況を記入します。

 

  7. 検視の結果、犯罪の可能性がある場合は、遺体を警察が引き取っていく

 この場合は、検査が追加されたり、司法解剖が行われたりして、警察医や法医学の先生が最終的な死因を判定することがあります。警察医や法医学者が書くのは、生前に診療をしていないので、もちろん「死体検案書」のはずです。死亡時刻は死亡推定時刻になります。

 

まとめ

  1. 死体検案書や死亡推定時刻は、警察医等が明らかな死体を検案する場合を想定している。
  2. 心肺停止で搬送され、心肺蘇生を行った後に死亡確認した場合は死亡診断書を書く。死亡したときは死亡確認時刻。
  3. 病死と判断できない場合は異常死として警察に届ける。
  4. この判断のためにAi(全身CT)を施行する
  5. この場合も、治療した後であれば死亡診断書を書く
  6. 死体検案書を書くのは、明らかに時間がたっているので蘇生を行わなかった場合
  7. ただし、現状ではその運用は曖昧で、死亡診断書でも死体検案書でもその後の手続きに大きな違いはないため、結局のところどちらでも問題にならない

 

救急外来での「めまい2」BPPVについて

前回書いた 救急外来の「めまい」のなかで

https://mokuyama.hatenadiary.jp/#edit

 

救急外来で「めまい」を訴える患者さんが来たときの鑑別診断の順番は以下の通りと書きました。

  1. 前失神かどうか?
  2. 中枢性めまいかどうか?
  3. BPPVかどうか?
  4. BPPV以外の末梢前庭障害かどうか?
  5. その他の原因(高齢者のふらつき、歩行障害など)は考えられるか?
  6. 上記にあたらない場合は、原因不明(心因性含む)

私はまず、循環器系の問題ではないか?いわゆる前失神症状ではないか?を判断し、次に脳血管障害ではないか?を判断し、このどちらも否定された場合は、末梢前庭神経系のめまいを考えますが、そのかなでも頻度の高い「良性発作性頭位めまい症(benign paroxysmal positional vertigo : BPPV)」を判定しています。

 

最近、病態の解明にともないBPPVの診断基準も細分化されてきていますが、

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jser/76/3/76_233/_pdf

 

2006年に厚生労働省研究班により発表された「良性発作性頭位眩暈症の診断の手引」がプリマリーケア領域では分かりやすいと思います。

1.空間に対し特定の頭位変化をさせたときに誘発される回転性めまい
2.めまい出現時に眼振が認められるが,次の性状を示すことが多い.
 ① 回転性要素の強い頭位眼振
 ② 眼振の出現に潜時がある
 ③ めまい頭位を反復することで眼振は軽快または消失する傾向をもつ.
3.めまいと直接関連をもつ蝸牛症状,頸部異常および中枢神経症状を認めない.

 

さらに、起床・ 就寝時,棚の上の物を取る上向き,または洗髪の ような下向き頭位,寝返りなどで誘発されることが多いため、病歴聴取から疑い、上記の特徴があればBPPVの疑いが強いと判断します。

BPPVが疑われたら、Dix-Hallpike試験やhead-roll試験をおこない、典型的な所見が得られればBPPVと診断でき頭部CTやMRIは不要です。詳細はスライドを参照してください。

 

  1. BPPVに合致する病歴がありDix-Hallpike試験で、回旋性のめまいと加速性の眼振が見られ、反対側で陰性→後半規管型 BPPV
  2. BPPVに合致する病歴があり、Dix-HallPikeで眼振がない、または水平性眼振が見られた場合→head-roll試験→方向交代性水平性眼振 →水平規管型 BPPV

頭位変換眼振検査で典型的な所見が得られない時は頭部CTや場合によっては頭部MRIを施行しています。

ただし、BPPVの症状は多様であり、典型的な所見を呈しない患者さんでも頭部CTや頭部MRIでも異常を認めない症例も多く経験します。

 

BPPVの治療は、Particle repositioning maneuvers 頭位治療がメインです。詳しくはスライドを参照してください。

 

薬物治療はというとUp to Dateには「Medications are not useful for the brief episodes of vertigo associated with BPPV…」と書かれています。

Epley法等の頭位治療を行う際に補助的に制吐剤や抗ヒスタミン薬を使用するのみです。日本でよく「炭酸水素ナトリウム」静注が行われていますが、私は10年以上めまいに対して使用していませんが、全く問題ありません。

 

救急外来でよく遭遇する「めまい」を訴える患者さんの対応もこのようなアルゴリズムを決めておくと迷いなく診療ができます。

不要な頭部CT/MRIを省略できます。

 

 

救急外来での「めまい」

めまいは救急外来でよく遭遇する症状です、多くの研修医が苦手意識を持っているのではないでしょうか。その原因は「まめい」という訴えの曖昧さと「めまい」の原因疾患が多岐にわたり、時には生命にかかわることが原因である場合もありうることによると思います。

「めまい」を訴えてくる患者さんには下記のように沢山の症状が考えられます。Vertigo:いわゆる回転性めまい、Dizziness:いわゆる浮動性めまい、presyncope・faintness:前失神、立ちくらみ、倒れそうな感じ、Disequilibrium:平衡障害、足元がふらつく、体がふらふらする、Nonspecific dizziness:非特異的めまい、頭がふらふらする(lightheaded)、ただたんにめまいがする。

めまいの原因も多岐にわたり、Up To Dateを参考にすると「dizziness  めまい」の原因は、大まかに言って下記のような頻度のようです

  1. 40% 耳性/前庭性   
  2. 10% 中枢神経系   
  3. 10% 前失神  
  4. 10%  精神的
  5. 15%  その他平衡障害(パーキンソン、筋骨格障害、末梢神経障害など)
  6. 10%  原因不明    

上記を踏まえて、重篤となりうる病態を見逃さないように鑑別診断を行っていく必要があります。私は救急外来で「めまい」を訴える患者さんへのアプローチは次の順番で行うのがいいのではないかと考えており、実際に行っています。

    1. 前失神かどうか?
    2. 中枢性めまいかどうか?
    3. BPPVかどうか?
    4. BPPV以外の末梢前庭障害かどうか?
    5. その他の原因(高齢者のふらつき、歩行障害など)は考えられるか?
    6. 上記にあたらない場合は、原因不明(心因性含む)

 

 

 

救急外来で、「めまいを訴えてきた患者を眼振もなく、神経学的兆候もなく、頭部CTで異常がなく帰宅させたら数時間後に吐血して救急搬送された」などという話を聞くことがあります。このpitholeに陥らないために1.は重要です。

問診と身体所見から1.を考えます。「倒れそうな感じ」や「気が遠くなりそうな感じ」という訴え、バイタルサインの異常、顔色がわるい、汗をかいているなどは前失神を疑う所見です。特に消化管出血による起立性低血圧を見逃さないようにします。

もし、前失神が疑われた場合は失神の鑑別診断を行います。前失神が否定的な場合は2.に移ります。

2.中枢性めまいか否かを診断する場合には、同時に末梢前庭障害によるめまいかどうかを判定するこおとにもないります。

まずは、意識レベル、麻痺、瞳孔所見から大まかに中枢神経障害を判定し、そこで異常がなければ、NIHSS(National Institutes of Health Stroke Scale)、起立、歩行をさせて体幹失調 歩行障害、起立障害の有無を判定します。Wallenberg症候群(延髄外側症候群)の症状がないか判定します。すべてに異常がなければ中枢性めまいである確率は非常に低いと考えます。何らかの症状があった場合や頭部CTやMRIを行います。

中枢性めまいと末梢前庭性めまいの鑑別にHead impulse testが有名ですが、感度は約30%、特異度は約90%程度なので、これのみで鑑別診断を行うことはできません。

もし、臨床的にBPPV(Benign paroxysmal positional vertigo)であることが診断できた場合は中枢性めまいは否定出来て頭部CTやMRIは不要です。

 

 

3.BPPVかどうか以降に関しては次回述べます。

 

目標を持つことの意義

子供の部活動の会報に書いたことを転載します。

 

 新型コロナウイルス感染大流行により令和2年度は全ての大会が中止となり3年生は引退しました。新チームになっても今後の大会が開催されるかどうかは不透明です。この状況は選手の皆さんへの影響は計り知れないですが、全国の運動部が同じ経験をしていますし、アスリートに限らず、社会全体が、そして日本に限らず、世界中の人々が影響を受けています。これを読んでいる皆様も大変なご苦労をされているのではなかと思います。

そんな中で大変僭越ではありますが、ややもすると目標を見失うかもしれない選手の皆さんに「目標を持つ」ことのメリットについて書かせていただきます。

多くの人がどこかで「目標を持ちなさい」と言われたことがあると思います。ところが、人生の「目標」などと言われても全く思い浮かばす、「目標」がない自分に罪悪感を持ったことがある人もいるかもしれません。一方では「目標」なんかいらない「今を精一杯生きてい行けばいいんだ」という人もいます。私はこの考え方の相違の原因は「目標」の定義にあると思います。

自衛隊の友人から教わったことですが、作戦を立てるときには「目的」「戦略」「目標」「作戦」の順に考えていくのだそうです。ここでいう「目的」は最終的な到達点のことで概念的、抽象的で英語には「goal」、「purpose」が該当します。「目標」は具体的で数値化でき「目的」に到達するまでの過程での目印となるものとすると考えやすく、英語では「aim」、「target」が該当します。つまり「人生の(大きな)目標」とは「人生の目的」と言い換え可能で、これを明確にするのは高校生では非常に難しいと思います。一方、ほとんどの人は日々の暮らしの中で沢山の「小さな目標」を持って生活していると思います。例えば「次の試験で満点をとる」とか「次の試合で20点とる」とか。その「目標」を達成するために「毎日5時間勉強する」「毎日シューティングを500本する」等の作戦を立てるはずです。そしてその先には「○○大学合格」「○○大会優勝」という次の目標があって、毎日の学校生活のモチベーション(動機づけ)になっているはずです。ひょっとするとしだいに、例えば「高校大学で得た知識で社会貢献する」という人生の「目的」(大きな目標)が見えてくるかもしれません。目標が明確な人はそうでない人と比べ成果を上げる確率が高いことが示されており、その理由は、目標到達のために努力しようとし、分岐点に立った時には目標に適した判断や正しい判断を下しやすいためとされています。人生の「目的」を明確にすることは難しいけれども、「目標」を持つことは誰にでもできるし人生の役に立つことは間違いないようです。

選手の皆さんにとっては、来年も目標とする大会が無いかもしれません。そういったことも想定に入れたうえで「ちいさな目標」を決め、それを達成するための「作戦」を考え、「目標」が達成できない時は違う作戦を行う。「目標」が達成されたらみんなで喜び次の目標をきめる。人が幸せを感じるかどうかは目標を達成できたかどうかによって決まるという研究結果があるようです。付け足すと、もう一つのコツは「達成困難な目標をたてない」ことです。非現実的な目標を立てても幸せにはなれません。

来年、選手の皆さんが満足して新チームへの引きつぎができるかどうかは、「目標」設定にかかっていると思います。さらに、目標を持つことが習慣となれば豊かな人生が待っていることは間違いありません。

 

参考文献


 

球磨村診療所復旧支援

7月15日球磨村の災害医療指揮所がある球磨村総合運動公園に向かった。球磨村は大きな被害をうけ死者24人と熊本県内で最も多く、人口約3400人のうち約400人が人吉市の避難所で生活していた。約1300人が村内に残っているとみられ、残りは親戚などに避難しているとみられていた。

球磨村総合運動公園には自衛隊が野営しており、野球場はヘリの離着陸基地となっていた。ヘリで救助されてきた村民をここから人吉市の避難所に搬送したという流れだ。

さくらドームには村役場が移転してきており球磨村の災害対応の拠点であり、医療支援チームは救護所を設置し巡回診療の拠点としていた。

 

https://this.kiji.is/653402980464411745?c=92619697908483575

 

さくらドームに来た目的は、球磨村の状況把握、球磨村役場と人吉市内に避難してきた避難者の連絡体制、情報共有体制の構築、球磨村診療所の状況把握の3つだ。

 

球磨村唯一の医療機関であった球磨村診療所が被災したため、球磨村内で行われる医療行為は災害医療として行われた。これは、通常の医療、保険診療とは仕組みが大きく異なり、被災地に医療チームが持ち込んだ医療器材、薬剤で行われる。通常、災害医療にかかった費用は被災都道府県と国が医療チームを派遣した都道府県を介して派遣元の医療施設に支払われる。災害救助法によって費用支弁が行われる。必要な薬剤が医療チームの持ち込んだ薬剤ではまかなえない時は災害医療のための薬局が設置される。通常、薬局の開局には事前申請と許可が必要だが、災害時にそういう時間もないため災害時の特別な薬局ということで車を薬剤供給用に改造した「モバイルファーマシー」が用いられることが多くなった。今回も熊本県薬剤師会が「モバイルファーマシー」をさくらドームにもってきて薬の調剤を一手に引き受けてくた。

 

通常処方と災害処方の違い

https://www.mypha.or.jp/wp/wp-content/uploads/2019/10/%E7%81%BD%E5%AE%B3%E6%95%91%E5%8A%A9%E6%B3%95%E9%81%A9%E7%94%A8%E5%9C%B0%E5%9F%9F%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E4%BF%9D%E9%99%BA%E5%87%A6%E6%96%B9%E7%AE%8B%E3%81%A8%E7%81%BD%E5%AE%B3%E5%87%A6%E6%96%B9%E7%AE%8B%E3%81%AE%E7%9B%B8%E9%81%95%E7%82%B9%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6.pdf

 

球磨村診療所では、自衛隊とDMATが支援に入り復旧を支援していた

https://www.sankei.com/photo/story/news/200713/sty2007130019-n1.html

我々が行った7月15日は球磨村診療所が診療再開の目途がついてきたところだったが、数日前から診療再開に向けて一つの問題が生じていた。

それまで村民は災害医療として自己負担なしで医療を受けてきた。診療所が再開した場合は保険診療を行うのが通常であるが、そうなると1~3割の自己負担が生じる。道路が寸断され診療所に来れない村民には、DMATや自衛隊が薬を届ける災害医療的な支援も必要であるとはいえ、災害医療は発災後2週間が目安とされており、この先ずっと災害医療をしかも民間医療機関で行うのが適切ではない。診療所長も、支援に入ったDMATロジスティクスチームリーダーも悩んでいた。

 

その日「令和2年7月豪雨で被災された皆様の医療機関等での受診の際のご負担が猶予されます」という通知が7月14日付で出されたと連絡が入り、球磨診療所の状況把握も兼ねてその通知を届けに来たというわけだ。

https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_12472.html

 

診療所長の先生はその通知を見せると大喜びで、「じゃあ今日の夕から保険診療でやります」と被災から10日もたっているというのに疲れも見せずエネルギッシュに動きだした。

球磨村診療所7月15日15時より診療を再開。その瞬間にたちあったDMATロジスティクスチームリーダーは涙を流していたらしい。自衛隊にがれき除去、清掃、消毒をしてもらい、使えないものの方が多かったようだが、医療機器の整備、薬品の取りまとめ、カルテの復旧など夜遅くまで活動したようだ

 

https://www.asahi.com/articles/ASN7L4562N7JTIPE03Y.html

 

診療所再開に伴いモバイルファーマシーの処方激減し、

7月17日11時にモバイルファーマシー(熊本県薬剤師会)は活動を終了した。

 

災害医療というと、被災者の治療、健康管理というイメージが強いが、医療施設の復旧支援というのがもう一つの大きな仕事だ。医療チームが被災地に入って医療を行うのは被災地内の医療施設が被災して通常診療ができない、もしくは、患者が多すぎて対応しきれないという状況が発生してしまうからだ。被災地内の医療施設が被災地内の医療需要をすべてカバーできるようになれば医療支援は必要なくなる。

球磨村診療所を自衛隊の強力な支援によって早期に復旧できたことによって、球磨村内の災害医療の需要が急速に減少したことは、まさに、被災地内の医療施設の復旧支援は災害医療の根本であることを再認識した貴重な経験であった。

非接触型体温計

7月14日支援保健師新型コロナウイルスPCR検査陽性は、避難者や地元住民のみならず外部からの支援者にも大きな影響を与えた。

巨大災害支援団体が一時休止を決めた。他道府県でも派遣中止を決めたところもあった。

 

COVID19感染者を診療しているはずの病院関係者。適切な感染防御を行っていれば感染リスクかなり下げることができることを知っていて、日ごろからそれを実践、診療している病院の上層部がどういう理論でそのような決定をしているのか全く理解できなかった。

支援に入っていた保健師PCR陽性となったとはいえ、無症状で、経過から言って派遣前にすでに感染していた思われる状況で、被災地で災害医療を行うことがリスクの高いことだとは全く考えられない。どこの地域でも症状を持った人がやってくる救急外来の診療の方がよっぽどリスクが高いはずだ。

 

現場から多く離れた場所にいる指揮官が「とりあえず安全のために」撤退を指示する。よくある話だ。

 

そんな中。ロジリーダーの川田さんが耳打ちしてきた「先生、支援チームの一人が39.6℃。無症状です。その彼はかかわっていないけど、派遣元の病院ではCOVID19患者を診療しているらしいです。どうしますか?」

 

「まずは、帰ってもらおう、その後の症状次第で、地元でPCRを受けてもらおう」

ここでPCRを行うには被災地の負担が大きいと判断した。

「他のメンバーはどうしますか?活動続けてもいいですか?」

派遣控えで支援チームが減っている状況でさらに減るのは厳しい…。とはいえ、もし感染していたら被災地内での感染を広げる可能性がある。

「全員帰ってもらって、自宅待機してもらうのがいいかな。県庁に報告して指示を仰ごう」

 

急ぎ盾保健所長に報告した。情報はすぐに共有する方がいい。

「医療チームに39.6℃の発熱者が出ました」

盾保健所長は、表情を曇らせ、

「あら…。どうしよう…」

そこに川田さんが走ってきた

「先生、誤報でした。36.8℃でした」

接触型体温計は誤差が大きいようだ

腋窩で測り直したら、なんかやっても36℃台でした。なんも症状がないのでおかしいと思ったんですよ」

 

力が抜けた私と盾保健所長は笑うしかなかった。

 

避難者のPCR結果が全員陰性と判明すると、少し支援チームが戻ってきた。それでもこれまでの災害に比べると非常に少ない。特に被災地にとって痛手だったのは、熊本県が「ボランティアは県内在住者に限る」と方針を打ち出したこともあり、泥かきや片付けを手伝ってくれるボランティアは非常に少ないことだった。