大学病院の救急医ブログ

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救急外来での腰痛対応

夜間救急外来に以下のような患者さんが来たらどのように対応しますか?

「40歳代女性。数日前から腰痛があり近医整形外科を受診し内服治療や局所注射の治療を受けていた。疼痛が増強し動けなくなったので救急要請した。バイタルサインは、意識清明BP 174/77  HR70 SpO2 98%(air)、呼吸数20回、BT 36.8℃」

 

「他院に通院しているのであればそちらでみてもらえばいいじゃないですか!と言って帰宅させる。」「痛み止めを追加投与し明日かかりつけ医を受診してくださいと言って帰宅させる」…

 

帰宅させてもよいか?専門医にコンサルテーションするべきか?どのように診療を進めるべきかをまとめました。

 

レッドフラッグサイン

日本の研修医にもred flags sign というものが広く知れ渡っています。「レッドフラッグサインは認められませんでした」と報告してくれる研修医も沢山います。でも、レッドフラッグサインをどのように使用するべきか?しっかり理解している研修医は少ないように思うので調べてみました。

Red flagsという言葉がいつから使われたのかは分かりませんが、Up to dateに引用されている論文What can the history and physical examination tell us about low back pain?DOI:10.1001/JAMA.1992.03490060092030 にはRed Flagsとは書かれていませんが、癌、骨粗しょう症、圧迫骨折、椎間板ヘルニア、脊柱管狭窄、強直性脊椎炎のMedical historyが抽出されています。

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腰痛診療ガイドライン2019 改訂第2版には、red flagsとは、「進行性、悪性、広範囲、慢性化、長期治癒過程などに関連した症状・所見の総称である」と記載されており、その具体例として表に数項目示されている「重篤な脊椎疾患(腫瘍、感染、骨折など)の合併を疑うべきred flags (危険信号)」(スライド参照)https://minds.jcqhc.or.jp/docs/gl_pdf/G0001110/4/Low_back_pain.pdf

 

米国のガイドライン Diagnosis and Treatment of Low Back Pain: A Joint Clinical Practice Guideline from the American College of Physicians and the American Pain Society にはred flagsという記載はなくDiagnostic Work-upとして表が載っています(スライド参照)https://www.acpjournals.org/doi/pdf/10.7326/0003-4819-147-7-200710020-00006

Up to dateにはRed flagasとは「腰痛のより危険な原因となるリスクのある患者を特定し、早期の画像検査の適応を決める」ための症状と記載されています。

つまり、Red flags signsとは鑑別診断のための症状や所見のことで、その症状に合わせて画像検査の適応を判断するという使い方が適切のようです。

 

診断アルゴリズム

病歴聴取

前述のガイドラインでは、3つのカテゴリーに分類することが勧められます

1.非特異的腰痛

2.神経根症症状や脊柱管狭窄症状の可能性のある腰痛

3.その他の特異的原因に関連する腰痛(例:腫瘍、感染、圧迫骨折、強直性脊椎炎)

この分類のためにRed flagsが使われるわけです。

 

前述のWhat can the history and physical examination tell us about low back pain?(DOI:10.1001/JAMA.1992.03490060092030)には下記の7つが病歴聴取として推奨されています。

1.年齢、癌の既往歴、原因不明の体重減少、疼痛持続時間、以前の治療に対する反応性

2.静脈内薬物の使用や尿路感染があると脊椎感染症の疑いが高まる

3.強直性脊椎炎の症状。若い男性に多い

4.休息しても改善しない痛みは特異的ではないが、全身性疾患に対して敏感な所見

5.坐骨神経痛の症状 間歇性跛行の有無

6.馬尾症候群の症状

7.心理社会的問題の評価 うつ病スクリーニング

 

また、プライマリケア領域の腰痛の2%に骨盤内臓器、腎疾患、大動脈瘤、膵炎、消化管穿孔などの内臓疾患が含まれると報告されています。N Engl J Med. 2001 Feb 1;344(5):363-70. doi: 10.1056/NEJM200102013440508 

その為、救急外来で遭遇する腰痛は下記の4つに分類するべきではないかと考えます

1.神経症状のない腰痛

2.神経症状を伴う腰痛

3.重篤な脊椎疾患の可能性のある腰痛

  ①癌②感染③骨折

4.内臓疾患・全身疾患に伴う腰痛

 

腰痛患者にNSAIDsを処方して帰宅させたら、ショックとなって救急搬送され腹部大動脈瘤の破裂だった。というおそろしい話を聞いたことがあります。安静時にも疼痛が緩和しないなどの病歴聴取や身体診察から鑑別は可能だとおもいますが、骨盤内臓器、腎疾患、大動脈瘤の検索には超音波(POCUS)が有用だと思います。

 

身体所見

神経症状の有無を判断するためには、運動障害の有無、感覚障害の有無、馬尾症候群の有無、間歇性跛行の有無等を聞き、身体所見を確認します。プライマリケアとして非専門家が行う身体診察としてはSLRとL4、L5、S1の神経根症状を確認できればいいのではないかと考えています。

The straight leg raise test(SLR)

まっすぐな脚の操作による神経根痛(大腿後面から下腿後面までの痛み)の存在または悪化が陽性。股関節の屈曲が30〜60度のときに発生することが多い(Up to date)

SLRの方法ややラセーグ兆候の違いについては「森本 Straight Leg Raising test(SLRテスト)の 定義の 文献的検討 日本腰痛会誌 2008」を参照してください

https://www.jstage.jst.go.jp/article/yotsu/14/1/14_1_96/_pdf

Manual Muscle TestingMMT

MMTで所見がしっかりとれることに越したことはありませんが、症候性腰椎椎間板ヘルニアの90%以上がL4、L5、S1に存在するということなので、非専門家は大雑把に下記の3つを検査すればいいのではないかと考えています。

L4 膝の屈曲進展(大腿二頭筋大腿四頭筋

L5 足の背屈(前脛骨筋)

S1 足の底屈(下腿三頭筋)

感覚

デルマトームに従って特にL4、L5、S1領域をピンで刺激し判定します。

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神経症状を伴う腰痛の場合は、MRIを撮って専門医にコンサルテーションを行います。

馬尾症候群の存在は早期コンサルテーションが推奨されています。

 

最初に提示した症例に戻ります

よく聞くと、体動困難というのは「左足に力が入らない」「左足がしびれる、大腿の外側」、さらに「おしっこが出にくい」ということが分かりました。筋力をみると左足の背屈が弱いことが分かりました。馬尾症候群、L5神経根症状があります。

整形外科にコンサルテーションを行ったところ、MRIが施行されL5の椎間板ヘルニアが神経根を圧迫していることが分かり、その夜のうちに緊急手術が行われました。

 

 馬尾症候群の中でも排尿障害が最も多く感度90%です。腰痛で救急外来に受診した人には必ず「おしっこ出にくくないですか?」と聞きましょう。