異常死とは? CPA搬送患者が亡くなった場合は死体検案書それとも死亡診断書?
私は、心肺停止(CPA)で搬送された方が死亡した場合、警察に届けるべきかどうか?死体検案書かそれとも死亡診断書を書くべきなのかを明確に教わったことがありません。数年前に集中治療医学会の臨床倫理講座を受講しましたが、そこでも明確な答えにたどり着くことはできませんでした。
その時の日本法医学会理事長先生の講義で記憶に残ってるのが、「死亡診断書の書き方には○○大学と△△大学を元祖とする流派があって、さらにそこから分派している」ということで、空欄の線の引き方にも流派があるという話でした。私は、結局のところ「死亡診断書の書き方に明確な正解はない」ということが事実だと認識しました。また、その講義を聞いても「異常死」の定義をはっきり理解することは出来ませんでした。
以後、いろいろ調べたり考えたりした結果、死亡診断書や死体検案書の書き方は医師の好みによって違いがあり、結局のところ、厚生労働省から発行される「死亡診断書(死体検案書)記入マニュアル」に従うのが最も適切であるという当たり前の考えにたどり着きました。
ちなみに、「死亡診断書(死体検案書)記入マニュアル」には空欄に線を引きなさいとは書いていないので、私は線は引きません。
ということで令和2年度版死亡診断書(死体検案書)記入マニュアルを見てタイトルの疑問について考えていきます。
https://www.mhlw.go.jp/toukei/manual/dl/manual_r02.pdf
まず、死亡診断書(死体検案書)の意義は
- 人間の死亡を医学的・法律的に証明する。
- 我が国の死因統計作成の資料となる。
この2つで、死亡診断書でも死体検案書でも違いはありません。
医師は医師法第19条第2項によって作成交付の義務が規定されています。
「診察若しくは検案をし、又は出産に立ち会つた医師は、診断書若しくは検案書又は出生証明書若しくは死産証書の交付の求があつた場合には、正当の事由がなければ、これを拒んではならない」
死亡診断書と死体検案書の使い分けは
- 「自らの診療管理下にある患者が、生前に診療していた傷病に関連して死亡したと認める場合」には「死亡診断書」それ以外の場合には「死体検案書」
とされており、さらに
- 交付すべき書類が「死亡診断書」であるか「死体検案書」であるかを問わず、異状を認める場合には、所轄警察署に届け出てください。その際は、捜査機関による検視等の結果も踏まえた上で、死亡診断書もしくは死体検案書を交付してください。
と書かれています。警察に届けたかどうかは、死亡診断書と死体検案書の使い分けの根拠にはならないということです。
第111回医師国家試験
F12 死亡診断書ではなく死体検案書が発行される状況はどれか
A)不明熱の患者が、入院日7目に原因不明のショック状態となり死亡した
B)予定されていた肝切除術を受けた患者が、多臓器不全となり術後5日目に死亡した
C)末期がん患者が、在宅医の診察 75時間後に心停止となり同医師が訪問して死亡を確認した
D)外食中に意識を失って救急車で搬入され、くも膜下出血と診断された患者が、20時間後に死亡した
E)うつ病で通院中の患者が、診察時間後に溺水状態で同病院に救急車で搬入され主治医が死亡を確認したた
正解はEです。Aは不明熱の診療中、Bは肝切除後の診療中、Cは末期がんの診療中、Dはくも膜下出血の診療中、Eはうつ病の診療はしていたが、溺水の診療はしていません
では、CPAで搬送されてきた初診の患者が亡くなった場合は死亡診断書でしょうか死体検案書でしょうか?次を考えてください。
- 70歳代男性、CPAで救急搬送、気管挿管、アドレナリン投与など施行したが心拍再開せず死亡確認した。Aiで広範なくも膜下出血が判明した
- 70歳代男性、CPAで救急搬送、気管挿管、アドレナリン投与など施行したが心拍再開せず死亡確認した。Aiで明らかな死因が不明であった。自宅で胸を押さえて苦しがり突然倒れたため心筋梗塞が最も疑われた
- 70歳代男性、CPAで救急搬送、気管挿管、アドレナリン投与など施行したが心拍再開せず死亡確認した。Aiで明らかな死因が不明であった。家族が帰ってきたら倒れていた
質問すると医師によって判断が違います。私の周りでは、1は死亡診断書、3は死体検案書と答える医師が多いようです。
先ほどの原則「自らの診療管理下にある患者が、生前に診療していた傷病に関連して死亡したと認める場合」に当てはまるかどうか考えると、初診患者の場合は、上記の1~3は生前に診療していた傷病には当たらないようにも感じられます。
では「生前に診療した」というのはどういう場合かを考えてみましょう。生前の対義語は死後ですので、「死亡の定義」を調べてみると、日本の法律には死亡の定義はないようなんです。
(参考)
医師法第19条の2 診察若しくは検案をし、又は出産に立ち会つた医師は、診断書若しくは検案書又は出生証明書若しくは死産証書の交付の求があつた場合には、正当の事由がなければ、これを拒んではならない。
医師が死亡と診断した場合が「死亡」であり、死亡と診断する場合の基準は法律では示されていないようです。(脳死判定は今回の議論に関係ないのでここでは触れません)。つまり、医師が死亡と診断しない限りは「生前」といえます。
CPAで搬送されてきた患者さんに胸骨圧迫、アドレナリン投与、気管挿管などの診療は、心肺停止という状態に対して診療したと言えるのではないでしょうか?
現在の私は、上記1~3は上記の理由ですべて「死亡診断書」を書いています。
また「令和2年度版死亡診断書(死体検案書)記入マニュアル」には以下のような記載があります。
死亡したとき
死体検案によってできるだけ死亡時刻を推定し、その時刻を記入し、「時分」の余白に
「(推定)」と記入します。又は、一時点で明確に推定できない場合は、そのまま記入します。
(例) 死亡したとき 令和 2 年 1 月 7 日 午前・午後 3 時 分 (推定)
(例) 死亡したとき 令和 2 年 5 月 日 午前・午後 時 分 頃
なお、死亡確認時刻ではなく死亡時刻を記入することが原則ですが、救急搬送中の死亡に限り医療機関において行った死亡確認時刻を記入できます。その場合、「時分」の余白に「(確認)」と記入します。
「救急搬送中の死亡」とはどういう状況のことをいうのでしょうか?全く不明ですするにが、おそらく、救急搬送中に心停止にいたり、医療施設に到着後に医師は治療を全く行わず死亡確認をした場合、その患者の診療を生前に行っていない場合は「死体検案書」を書くことになり、死亡時刻は死亡確認時刻と大きな違いがないため「死亡確認時刻」を記入できると記載してる思われます。
このように考えていくと「死体検案書」は、「死体」を診て書く場合を想定していると思われます。CPAで救急搬送された方を想定されているものではないと考えます。CPAで救急搬送されてきても、病院到着後全く心肺蘇生を行わず、死亡確認を行った場合は、死体検案書を書くべきだと考えます。
次に、異常死について考えます。長くなります。
「令和2年度版死亡診断書(死体検案書)記入マニュアル」には、以下のように記載されています。
- 交付すべき書類が「死亡診断書」であるか「死体検案書」であるかを問わず、異状を認める場合には、所轄警察署に届け出てください。
では、異常を認める場合とはどういうときなのか?というと明確ではありません。
「令和2年度版死亡診断書(死体検案書)記入マニュアル」の巻末に参考⑤が載っています。
平成 31 年2月8日医政医発 0208 第3号が発出されていますが、その解釈については、「「医師による異状死体の届出の徹底について」に関する質疑応答集(Q&A)について」(平成 31 年4月 24 日付け厚生労働省医政局医事課事務連絡)を参照すること。
平成 31 年2月8日医政医発 0208 第3号の内容は以下です
医師による異状死体の届出の徹底について(通知)
死因究明等の推進につきましては、日頃から特段の御配慮を賜り、厚くお礼申し上げます。 近年、「死体外表面に異常所見を認めない場合は、所轄警察署への届出が不要である」との解釈により、薬物中毒や熱中症による死亡等、外表面に異常所見を認めない死体について、 所轄警察署への届出が適切になされないおそれがあるとの懸念が指摘されています。こうした状況を踏まえ、医師法第21条について、下記の通り周知することとしましたの で、御了知の上、関係者、関係団体等に対し、その周知徹底を図るとともに、その運用に遺 漏なきようお願い申し上げます。
記
医師が死体を検案するに当たっては、死体外表面に異常所見を認めない場合であっても、 死体が発見されるに至ったいきさつ、死体発見場所、状況等諸般の事情を考慮し、異状を認 める場合には、医師法第21条に基づき、所轄警察署に届け出ること
つまり「死体外表面に異常を認める場合(おそらく外傷のこと)はもちろん、薬物中毒や熱中症なども異常死体として届けなさい」ということだと思われます。
ちなみに医師法第21条は下記です。
第21条 医師は、死体又は妊娠4月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない。
さらに参考⑤はつづきます
平成 26 年6月 10 日参議院厚生労働委員会会議録(抄)から
田村厚生労働大臣の答弁として
医師法第二十一条でありますけれども、死体又は死産児、これにつきましては、殺人、傷害致死、さらには死体損壊、堕胎等の犯罪の痕跡をとどめている場合があるわけでありまして、司法上の便宜のために、それらの異状を発見した場合には届出義務、これを課しているわけであります。医師法第二十一条は、医療事故等々を想定しているわけではないわけでありまして、これは法律制定時より変わっておりません。ただ、平成十六年四月十三日、これは最高裁の判決でありますが、都立広尾病院事件でございます。これにおいて、検案というものは医師法二十一条でどういうことかというと、医師が死因等を判定をするために外表を検査することであるということであるわけであります。一方で、これはまさに自分の患者であるかどうかということは問わないということでありますから、自分の患者であっても検案というような対象になるわけであります。
平成 24 年 10 月 26 日第8回医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会議事録(抄)
田原医事課長 基本的には外表を見て判断するということですけれども、外表を見るときに、そのドクターはいろんな情報を知っている場合もありますので、それを考慮に入れて外表を見られると思います。ここで書かれているのは、あくまでも、検案をして、死体の外表を見て、異状があるという場合に警察署のほうに届け出るということでございます。これは診療関連死であるかないかにかかわらないと考えております。
つまり「医師が死体を観察することを検案と言い、自分の患者であっても検案の対象になる。その結果、異状を認めた場合は、警察に届け出る義務がある。その届け出義務は、犯罪の可能性を考えて届出義務を課しているので、外表以外にも診療上知りえた情報も考慮にいれて異常がある場合は警察に届け出しなさい」ということだと思われます
問2 最高裁平成 15 年(あ)第 1560 号同 16 年4月 13 日第三小法廷判決及び東京高裁平成 13 年(う)第 2491 号同 15 年5月 19 日第3刑事部判決(都立広尾病院事件)との関係はどのように整理されるのか。
(答) 上記の判決により示された医師法第 21 条の死体の「検案」及び届出義務が発生する時点の解釈を含め、上記の判決で示された内容を変更するものではない。
判決要旨
https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=50058
1 医師法21条にいう死体の「検案」とは,医師が死因等を判定するために死体の外表を検査することをいい,当該死体が自己の診療していた患者のものであるか否かを問わない。
2 死体を検案して異状を認めた医師は,自己がその死因等につき診療行為における業務上過失致死等の罪責を問われるおそれがある場合にも,医師法21条の届出義務を負うとすることは,憲法38条1項に違反しない。
憲法第38条1項は「何人も、自己に不利益な供述を強要されない」という黙秘権に関するものですが、超簡単にいうと医師法第21条の届出義務に黙秘権はないということのようです。
問3 本通知は医師法第 21 条の「検案」に死体の外表の検査以外の行為を含ませようとするものか。
(答) 医師法第 21 条は医師が検案をした場合を規定したものであり、「検案」の解釈は問2の最高裁判決が示すとおり、「死因等を判定するために死体の外表を検査すること」を意味するものである。本通知は「検案」の従来の解釈を変えるものではなく、死体の外表の検査のほかに、新たに「死体が発見されるに至ったいきさつ、死体発見場所、状況等諸般の事情」を積極的に自ら把握することを含ませようとしたものではない。
問4 本通知は医療事故等の事案について警察署への届出の範囲を拡大するものか。
(答) 問1のとおり、本通知は、医師法第 21 条の届出義務の範囲を拡大するものではなく、医療事故等の事案についての届出についても、従来どおり、死体を検案した医師が個々の状況に応じて個別に判断して異状があると認めるときに届出義務が発生することに変わりない。
「上記の通知は、「死体が発見されるに至ったいきさつ、死体発見場所、状況等諸般の事情」を積極的に自ら把握する必要はないし、警察署への届出の範囲を拡大するものでもない」ということのようです。
この議論は、上記のように医師法第21条に関して、医療事故、医療関連死による死亡を警察に届け出るべきかどうか1990年代~2000年代に大きな問題となったことによります。特に1994年に日本法医学会がまとめた「異常死ガイドライン」が各方面に物議をかもしました。
結局、厚生労働省からちゃんと異常があったら届けなさいねと通知が出されたけれども、何をもって異常とするかはよく分かりません。
異常死についてはネットで検索した結果
異状死等について―日本学術会議の見解と提言―平成17年6月23日日本学術会議
がまとまっていて分かりやすいと思いました。
http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-19-t1030-7.pdf
1)届け出るべき異状死体及び異状死
(1)一般的にみた領域的基準
異状死体の届出が、犯罪捜査に端緒を与えるとする医師法第 21 条の立法の趣旨からすれば、公安、社会秩序の維持のためにも届出の範囲は領域的に広範であるべきである。すなわち、異状死体とは、
① 純然たる病死以外の状況が死体に認められた場合のほか、
② まったく死因不詳の死体等、
③ 不自然な状況・場所などで発見された死体及び人体の部分等もこれに加えるべきである。
(2)医療関連死と階層的基準
いわゆる診療、服薬、注射、手術、看護及び検査などの途上あるいはこれらの直後における死亡をさすものであり、この場合、何をもって異状死体・異状死とするか、その階層的基準が示されなければならない。
① 医行為中あるいはその直後の死亡にあっては、まず明確な過誤・過失があった場合あるいはその疑いがあったときは、純然たる病死とはいえず、届出義務が課せられるべきである。これにより、医療者側に不利益を負う可能性があったとしても、医療の独占性と公益性、さらに国民が望む医療の透明明性などを勘案すれば届出義務は解除されるべきものではない (以下略)
CPAで搬送された患者が心肺蘇生を施行したが死亡した場合
- 担当医は死体を検案する(体表や診療上知りえた情報から判断する)
- 医師が死体を検案して異常を認めた場合は警察に届ける
- 異常というのは下記のこと
① 純然たる病死以外の状況が死体に認められた
② まったく死因不詳
③ 不自然な状況・場所などで発見された
つまり、病死と判定されうる場合は異常ではないと言えます。警察には届けず死亡診断書を書きます
4.警察に届け出るとほとんどの場合、検視が行われる
検視には医師の立ち合いが求められます。多くの医師が、検視への立ち合いを検案と勘違いしていると思います。私もそうでした。
検視規則第五条 刑事訴訟法第229条第2項の規定により変死体について検視する場合においては、医師の立会を求めてこれを行い、すみやかに検察官に、その結果を報告するとともに、検視調書を作成して、撮影した写真等とともに送付しなければならない。
刑事訴訟法第229条第2項 変死者又は変死の疑のある死体があるときは、その所在地を管轄する地方検察庁又は区検察庁の検察官は、検視をしなければならない。
5. CPA患者のほとんどは、事件性がないと判断され警察は引き上げていく
6. 担当医は死亡診断書を書く
この場合に担当医が書くのは、「死亡診断書」だと考えています。生前に心肺停止状態の診療を行ったからです。
死亡診断書の「死因」は、警察に届け出たわけなので、つまり「病死と判定できない場合」なので、必然的に「外因死」か「不詳の死」に〇をするべきです。
「令和2年度版死亡診断書(死体検案書)記入マニュアル」には以下のような記載があります。
- Ⅰ欄に「不詳」、「不詳の内因死」、「不詳(検索中)」などと記載する場合には、死因の種類として「12不詳の死」を選択してください。
- 「病死及び自然死」か「外因死」か判断できない場合は、「12不詳の死」として取扱い、書式下部の「その他特に付言すべきことがら」欄に詳しくその状況を記入します。
7. 検視の結果、犯罪の可能性がある場合は、遺体を警察が引き取っていく
この場合は、検査が追加されたり、司法解剖が行われたりして、警察医や法医学の先生が最終的な死因を判定することがあります。警察医や法医学者が書くのは、生前に診療をしていないので、もちろん「死体検案書」のはずです。死亡時刻は死亡推定時刻になります。
まとめ
- 死体検案書や死亡推定時刻は、警察医等が明らかな死体を検案する場合を想定している。
- 心肺停止で搬送され、心肺蘇生を行った後に死亡確認した場合は死亡診断書を書く。死亡したときは死亡確認時刻。
- 病死と判断できない場合は異常死として警察に届ける。
- この判断のためにAi(全身CT)を施行する
- この場合も、治療した後であれば死亡診断書を書く
- 死体検案書を書くのは、明らかに時間がたっているので蘇生を行わなかった場合
- ただし、現状ではその運用は曖昧で、死亡診断書でも死体検案書でもその後の手続きに大きな違いはないため、結局のところどちらでも問題にならない